これまでの恋愛経験と価値観について
ちょっとリアルの方で、この話題について割と真面目に話す機会があった。
せっかくなので、自分がこれまで異性とどのように関わってきたのか。そして、その経験が人との距離感や恋愛に対する価値観にどう影響してきたのか。 自分の中で整理して、ここに書き残しておこうと思う。
要するに、自分語りである。
これまでの経験・エピソード
幼稚園
家から徒歩数分のところにある幼稚園に通っていた。
当時仲が良かったのは、主に同じクラスだったHとNの2人。
Nについては小学校の話でも出てくるので、ひとまず後回し。ここではHについて書く。
あの頃の「好き」が、今の自分が考える恋愛感情と同じものだったのかは分からない。
単純に仲が良かっただけかもしれないし、外見を見て「かわいいな」と思っていただけかもしれない。
ただ、物心がついてから初めて「この人が好きだ」と認識した相手は、おそらくHだった。
たぶん年中くらいからだろうか。この辺りはもう記憶が曖昧である。
それでも、覚えている出来事が2つある。
一つ目。
ある日の給食時間の終わり頃、園児たちとの恋バナで盛り上がっていた先生から、
「好きな人とかいるの?」
と聞かれた。
まだ「好きな人を聞かれたら隠す」という発想すらなかった私は、先生の耳元で素直にHの名前を答えた。
その5分後くらい。
水道で歯磨きをしていると、後ろの方から本人の
「うそ〜!?」
という声が聞こえてきた。
声の調子がポジティブだったのかネガティブだったのかは、もう覚えていない。
ただ、当時の私は明らかに後者だと解釈したらしい。
反射的に、
「嘘、嘘!」
と否定した。
周りには10人くらい他の子がいたし、単純に恥ずかしかったのだと思う。
今になってたまに考えることがある。
あそこで「そうだよ」と認めていたら、何か変わっていたんだろうか。
もう一つは、年長時のバレンタインデー付近の出来事。
当時、私は習い事で体操をやっていた。
いつものように地元のスポーツセンターへ行くと、幼稚園帰りらしいHが、別のクラスの男子と一緒にいた。
そして、その男子にチョコを渡していた。
この様子を偶然に遠目から見てしまったのである。
あれは幼いながらに、それなりにショックだった。
幼稚園では自分はもらえなかったことを少し気にしていたところに、別の男子に渡している場面まで見てしまったのだから。
それが直接の原因だったのかは、今となっては分からない。
ただ、自分の記憶をたどる限り、Hを「特別な相手」として意識していたのはこの頃までだった。
ちなみに、Nからは普通にチョコをもらった。
もちろん嬉しかったのだが、家に帰って母親から、
「本命からはもらえなかったねぇ」
と言われた記憶がある。
今振り返ると、少なくとも自分の場合、幼稚園時代の人間関係は親同士の関係にもかなり影響されていた気がする。
親同士が仲良ければ、休日や幼稚園の外でも顔を合わせる機会が増える。
そう考えると、実際の生活圏としてはHよりNの方が近かった。 家も近かったし。
小学校1 (小1~小3)
HもNも同じ小学校へ進学した。
ただ、小1では全員別のクラスになったので、関わりはほぼゼロになった。
そもそも私の通っていた小学校は人数がかなり多く、1クラス40人×5クラスもあったので、クラス内の男子と仲良くなって遊ぶだけで日々が完結していて、女子と積極的に関わろうとすることも特になかった。
とはいえ、学校生活そのものは普通に楽しくて、友達と呼べる人もかなりできたし、特に不満はなかった。
小2から小3までは、父親の北海道転勤に伴って札幌市内の小学校へ転校した。
北海道での生活は新鮮なことばかりだった。
スキーをはじめ、当時の経験で今の自分にも残っているものは結構あると思うので、この話についてはそのうち別の記事で書きたい。
一方で、異性に対する恋愛絡みの話は、本当に何もなかった。
小1の時点で既にある程度人間関係が出来上がっている環境へ途中から入ったこともあって、特定の女子と特別に親しくなるようなことはなかったのである。
もっとも、友達を作ること自体にはそこまで苦労しなかった。 男子とは割とすぐ仲良くなり、放課後に公園へ行ったり、家へ遊びに行ったりしていた。
今思えば、学校が終わってからも当たり前のように遊ぶ、かなり生活に入り込んだ付き合いだった。
明日のことを何も考えず、今日のことだけを楽しんで毎日のように遊んでいたのは、振り返ってみれば、この札幌での生活が最後だったのではないだろうか。
小学校2 (小4~小6)
北海道での生活を終え、地元へ戻ってきたのが小4の頃。
クラス替えで偶然Nと同じクラスになり、その後小6までずっと同じクラスで過ごすことになった。
この頃よく一緒にいたのは、NとYだった。
とはいえ、小5くらいまでは恋愛というものを特に意識していなかったと思う。
小6の夏頃だったか。
同じクラスのWから、放課後に呼び出された。
当時、区の連合水泳大会に出場することになっていた私は、同じく大会に出場する女子Kから「話し合いがある」と言われ、なぜか学校ではなくスポーツセンターへ呼ばれたのである。
行ってみると、そこで待っていたのはWだった。
Wとは小5のクラス替えで同じクラスになり、小6では席替えのたびになぜか何度も隣同士になっていた。
席替えはくじ引き制だったので、これは本当に偶然だと思う。
しばしの会話の後、
「誰もいないところで見て」
と言われ、一通の手紙を渡された。
内容は、Wが私に好意を抱いていることと、それに対する私の気持ちを知りたいというもの。
つまりは、ラブレターである。
これはかなり突然のことで、相当驚いた記憶がある。
ただ、今になって振り返ると前兆はあった。
呼び出されることになったその日、学校でKから、
「好きな人はいるの?」
「好きじゃない人から告白されたらどう思う?」
といった恋愛絡みの質問をされていたのである。
おそらくWから頼まれて、事前に私の気持ちを探っていたのだろう。
とにかく、これが自分にとって初めて(そして今のところ唯一)の「相手から明確な告白を受けた」経験だった。
当然、どう返せばいいのか分からない。
その場では、
「考えさせて」
とだけ伝えて、一晩考えることにした。
正直に言ってしまえば、その頃の私にとってWは、
「席替えでなぜかよく隣になる女子」
くらいの認識だった。
隣の席になれば、授業やグループワークで話す機会は増える。
ただ、自分の認識ではあくまで「頻繁に話すクラスメイト」で、それ以上の特別な関係だと思ったことはなかった。
それ以上に、なぜ自分のことを好きになったのか、当時の私にはまったく心当たりがなかった。
手紙にもそこまで詳しい理由は書かれていなかったので、それまで自分が「普通のクラスメイト」として認識していた関係を、いきなり別の角度から見せられたような感覚だった。
嬉しくなかったわけではない。ただ、それ以上に困惑の方が大きかった。
結局、翌日Wには、
「友達として見ていた。これからも友達として関わりたい」
という内容を伝えた。
Wは少し残念そうだったが、私の返事を受け入れてくれた。
今思えば、手紙をもらった段階、あるいは返事を伝える前に、「なぜ自分を好きになってくれたのか?」くらいは聞いておけばよかったと思う。
当時の自分が考えていたのは、「自分はWを好きなのか」「付き合いたいと思うのか」という、自分本位なことだけだった。
Wがどんなところを見て自分を好きになったのか、どんな気持ちで手紙を書いたのか。
そういう相手側の事情を知ろうとする発想が、ほとんどなかった。
もちろん、理由を聞いたところで返事が変わったとは思わない。
だからといって、相手の気持ちを深く知る必要がなかったわけでは決してない。
今振り返ると、あのときの自分は「告白にどう答えるか」には向き合っていても、告白してきた相手そのものには、十分向き合えていなかったのかもしれない。
ちなみに、Wとはそれ以降席替えで隣になることはなくなり、その後の学校生活でも特別に関わることはなかった。
そんなWとの一件とは逆に、自分の側が相手を特別に意識していながら、その気持ちを相手に伝えなかったのがNだった。
意識し始めるのに、何か決定的なきっかけがあったわけではない。
小4で地元に戻ってきて以降、自然と話す機会が増えていた。
幼稚園時代の話で盛り上がることも多かったし、幼馴染ということもあって、変に遠慮する必要がなかったのも大きかったのだと思う。
席が前後になれば、ずっと話していた。
掃除当番でもグループ活動でも、とにかく一緒にいることが多かった。
当然、周囲にも分かりやすくいじられた。
「Nのこと好きなんでしょ?」
と聞かれれば、耳を赤くしながら、
「いや、違うよ」
と否定するのが精一杯だった。
Nにも似たような反応があったので、少なくとも当時の私は、お互いに多少は意識しているものだと思っていた。
それでも、私は最後までNに「好き」と伝えることはなかった。
自分の気持ちを明らかにしたことで、それまで自然に続いていた関係が変わるのが怖かったからである。
自分の気持ちを伝えた結果、それまでのように話せなくなるかもしれない。
気まずくなって、疎遠になるかもしれない。
当時の自分にとっては、相手の気持ちを知ることよりも、「今のままの心地よい関係でいられること」の方が大事だったのだと思う。
そうこうしているうちに冬が来て、中学受験の季節になった。
お互い、学校は違えども都内の中高一貫校を第一志望にしていた。
私のクラスではおよそ半分が受験を控えており、雰囲気もだんだんピリピリとしてくる。
当然、私も余裕がなくなってきて、Nと話す機会も減っていった。
そして2月。合格発表の日。
わざわざ第一志望の学校まで行って、掲示板に貼られた合格者の受験番号を確認した。
そこに、私の番号はなかった。
入試の手ごたえとしてはそこまで悪くなかっただけに、愕然として親の前なのに泣いてしまった。
これが私にとって人生で初めての挫折経験であった。
翌日、登校して当時よくつるんでいた奴に「落ちた~」と報告すると、なんとそいつも第一志望には不合格だった様子。
お互いに傷の舐めあいをしつつ、Nの結果を探ってみると、Nは第一志望校に合格していたらしい。
自身の結果にかなりショックを受けていた当時の自分には、Nとは進む道が決定的に分かれてしまったように感じられた。
もちろん、Nが何か悪いわけではない。
ただ、第一志望に落ちた自分にとって、見事合格したNとそれまで通り接することには、どこか居心地の悪さがあった。
羨ましさと劣等感と悔しさと、色々な感情が入り混じった結果、Nと話すことに対してどこか気後れするようになった。
それからは、卒業するまで以前のように無邪気に話しかけることはほとんどなくなった。
卒業間際になると、Nと別の男子との間に何かあるらしい、という噂も耳にした。
確か卒業文集委員の活動がきっかけだったと思うが、真相は知らない。
小6の前半だったら、もっと強く気にしていたのかもしれない。
ただ、その頃の自分は受験の結果や卒業後のことで精一杯になっていて、Nとの関係について積極的に何かを確かめようという気力もなくなっていた。
当時はスマホも持っておらず、卒業後に日常的に連絡を取り続ける手段もなかった。
卒業後はそのまま疎遠になってしまった。
あれから一度も会っていないが、彼女は元気にしているだろうか。
関係を壊したくないから何も言わなかったのに、結局その関係自体がなくなった。
もちろん、あのとき想いを伝えていれば今も関係が続いていた、という話ではない。
ただ、「何もしなければ今の関係を守れる」と考えていた自分にとって、何もしなくても関係は普通に変わり、失われるという経験は、それなりに大きかった。
そして、もう一つ残ったものがある。
Nが本当は自分をどう思っていたのか、結局最後まで分からなかったということだ。
好意があったのかもしれない。
単に仲の良い幼馴染だっただけかもしれない。
どちらにせよ、確かめなかった以上、自分には分からない。
Wのときもそうだった。
相手から明確に好意を伝えられたのに、「なぜ自分を好きになったのか」を深く聞こうとはしなかった。
Nに対しても、自分の中では相手の反応から色々なことを想像していたのに、本人に確かめることはしなかった。
結局、自分は相手に勝手に期待し、自分の中で関係を解釈し、その想像に一喜一憂する一方で、その解釈が正しいのかを本人に確かめるところまでは踏み込めなかったのである。
「相手との間に生じた曖昧さを、自分から確かめにいかない」
たぶん、小学生の頃の自分にとっては、それが一番心理的に安全だった。
相手の気持ちを聞かなければ、拒絶されることもない。
自分の気持ちを伝えなければ、関係が変わるきっかけを自分から作ることもない。
そうやって、分からないことは分からないままにして、心地よい距離を保つ。
この頃までに形作られた「一定以上は踏み込まない」という他人との距離の取り方は、その後の自分の人間関係にもかなり長く残ることになる。
中学生
中学に入ってからも、誰かを好きになること自体を避けていたわけではない。
ただ、異性と普通に話すことはあっても、そこから先の関係を自分から作ろうとすることはほとんどなかった。
強いて挙げるなら、放送委員会で3年間一緒だったMや、小学校から同じ中学へ進んだYとはよく話していた。
ただ、どちらも「女友達」という感覚の方が強く、恋愛感情を抱くことはなかった。
むしろこの頃は、生活の中心がほぼ高校受験だった。
学校が終われば塾へ行く。
帰宅して勉強する。
また学校へ行く。
そんな生活で、いわゆる「青春」に恋愛が入り込む余地はほとんどなかった気がする。
その代わりと言っていいのかは分からないが、勉強の成績はかなり良かった。
学校ではだいたい学年1〜3位を維持していたので、それなりに校内で名前を知られていたし、模試などでも自分が驚くくらいの好成績を残すことができた。
「自分は勉強ができる人間である」という認識は、当時の自分にとってかなり大きなアイデンティティになっていたし、それが自信の源にもなっていた。
勉強には一応の正解があり、点数や順位という目に見える形で結果も返ってくる。
この分かりやすさが、自分にとっては扱いやすくて好きだったのだと思う。 実際、これ以降で勉強が嫌だと感じることはなかったし、むしろ勉強すること自体に楽しさを見いだせるようになった。
一方、人間関係には正解もなければ、自分一人で結果を決めることもできない。
この曖昧さを解くことが、当時の私にとって大きな負担だったのだろう。
高校生
そうして迎えた高校受験は無事に成功し、第一志望の高校に進学することができた。 なんと、あの開成を「蹴る」という選択肢が取れるほど成功していたのである。私の学力のピークは間違いなくココ。
同じ中学から進学した人は私以外にはいなかったので、完全に新たな環境でゼロからの生活が始まった。
高校時代に気になる存在だったのは、3年間同じクラスだったTである。
何がきっかけだったのかは、Nのときと同じくはっきりしない。
サバサバしたところに惹かれていたのかもしれないし、後述する映画制作をはじめ、一緒に何かをしている時間が単純に楽しかったというのもある。 多分、だいぶ無意識に惚れやすい性質があるのだと思う。
ただ、当時の自分は彼女の内面を深く知っていたわけではない。
今思えば、かなり表面的な部分を見て「気になる」と感じていたのだと思う。
しかし、小学校時代から続いていたのは、内心で誰かを気にしていても、一定のところで線を引く癖だった。
それ以上は踏み込まない。
自分の考えや感情、プライベートなことも必要以上には話さない。
つまり、他人への「自己開示」をかなり限定していたのだ。
「好きな人とかいるの?」
と聞かれても、適当にごまかす。
学校の外でリアルの知り合いと関わることも、ほとんどなかった。
中高を通してずっと塾へ通っていたので、単純にそんな余裕がなかったという事情もある。
そんなことをしているうちに、いつの間にか異性だけでなく、同性の友人に対してもどこかで遠慮して、一定の距離を取るようになっていた。
ただ、その当時はそれほど問題だと思っていなかった。
受験という、避けようがなく、しかも分かりやすい短期目標があったからだと思う。
高校では成績こそ微妙だったものの、第一志望校に選んだ理由であったSSH(スーパーサイエンスハイスクール)の活動は自分の興味関心と重なっていて、かなり精力的に取り組んでいた。
これは高校生活の中で間違いなく私の「青春」の一つだと言える。
また、教室の中心で騒ぐようなタイプではなかったが、運動会や学祭といった行事にはそれなりに楽しんで参加していたと思う。
学祭では、2年次でオリジナルの脚本による演劇を作り上げて(私は照明担当だった)、3つの賞を独占するという32年ぶりの快挙も成し遂げたし、3年次ではこれまたオリジナルの映画を製作して上映した(このときは編集担当)。
このようなイベントではTとも一緒に関わることが多く(映画ではヒロイン役だった)、彼女がどう思っていたかは知らないが、私は楽しい時間を過ごせていた。
だから、高校生活で何もしていなかったというわけではない。
むしろ、何かを作ったり、イベントに参加したりという経験にはそれなりに恵まれていた。
しかし、後になって自分が物足りなさを感じたのは、そうした出来事の少なさではなく、その中で築いた人間関係の深さだった。
高2あたりで一人旅という趣味を見つけてからは、一人で時間を使うことにも楽しさを見いだすようになった。
ネット上でも一定のつながりがあり、大晦日のエンカや身内Discord鯖での雑談など、リアル以外での人との関わりもあった。
そのため、学校の外でも誰かと頻繁に会ったり、特定の誰かと深い関係を築いたりしなくても、それほど物足りなさを感じなかった。
また、当時の自分が、目の前の大学受験に向けてかなりの身体的・精神的リソースを使っていたというのも大きい。
これについてもまたどこかで書きたいが、誰かとの関係について悩んだり、自分から距離を縮めたりする余裕は、心理的にもほとんど残っていなかった。
さて、ここまで長いこと続いていた、「自己開示を必要以上にせず、他人とは一定のところで線を引く」という人付き合いの仕方が変わり始めたのは、大学受験が終わってからだった。
受験という巨大な目標が突然なくなった。
「じゃあ、この先は何を目標にして生きるんだろう」
そんなことを考えながら一度過去を振り返ったとき、思い至ったのは、
「自分、高校時代に人と深く関わった経験があまりにも少なくはないだろうか?」
ということだった。
好きなことには打ち込んだ。
やりたいこともそれなりにやった。
でも振り返ってみると、誰かと同じ経験をすることはあっても、そこで相手自身を深く知ったり、自分自身を深く知ってもらったりするところまでは至っていなかった。
これからの人生に影響を与えるような人と、もっと深く関わる機会はいくらでもあったはずだった。
せっかく自分で選んで第一志望の学校に入ったのに、そこで築けたはずの人間関係を、深める機会を自分から手放していたのではないか。
加えて、一人旅をするようになって、私の父が座右の銘にしている「一期一会」という言葉の意味も、少しずつ自分なりに理解できるようになってきた。
それまでは「ありきたりな言葉だな」くらいにしか思っていなかった。
しかし、様々な場所の風景の写真や動画を残して、あとから見返していると、同じ場所に行って同じような景色を見たとしても、二度と当時のままの体験はできないのだということに気づかされる。
これは、人との関わりも同じだと思った。
同じ場所、同じ年齢、同じ立場で、その人と時間を過ごせる機会は、本当に一度しかない。
高校を卒業すれば、「高校生として同じ教室で過ごす時間」は二度と戻ってこない。
だったら、残された短い時間くらい、せっかくつながれた人との関係を大切にしたい。
できることなら、卒業後も関わっていきたい。
そう考えるようになった。
実際、卒業後に一緒に旅行へ行ったり、遊びに行ったり、家に泊まったりする同期の友人たちもできた。
ありがたいことに、その友人たちとは大学生になった現在でも関係を続けられている。
遅かったとは思う。
でもこの頃からようやく、自分から人との関係を「続ける」ことを意識するようになった。
ただ、この時点ではまだ、関係を続けることと、相手に自分を開示して関係を深めることは、自分の中で別の話だった。
後者についてしっかり考えるようになるのは、大学に入ってからである。
大学生(現在)
高校卒業頃から人との関係を意識するようになったことに加え、大学では時間にも余裕が生まれ、自分の内面を見つめ直して言語化する機会が増えた。
大学には高校時代の知り合いがいなかった。
加えて、学科には異性もかなり少ない。なんと10:1!
良くも悪くも、それまで持っていた「こう振る舞わなければならない」という感覚が薄れ、自分自身の感情や考え方に対して素直になれるようになった。
その結果、自身の中身を他者に開示する範囲も少しずつ広がっていった。
自分を開示するためには、まず自分自身が何を考えているのかが認識できていなければならない。
だからここ最近は、
自分は何が好きなのか、何を嫌だと思うのか。
将来何をしたいのか。
そういったものを一つずつ自分の言葉にする作業を続けてきた。
今回、このような記事を書くに至ったのも、その一環である。
もちろん、まだ完成してはいないし、一生完成しないものだと思うが、こういうことを一人で考えるのは意外と楽しいものだと感じるようになった。
そして、自分のことをある程度言葉にできるようになってくると、今度は「そんな自分は他人とどのような関係を築きたいのか」という問いが出てくる。
特に恋愛については、昔のような表面的なことだけに対する「好き / 好きじゃない」だけでは説明できなくなった。
ということで、ここからは今の自分がいわゆる「恋愛観」についてどう考えているのかを、いくつかの論点に分けて整理してみたい。
現在の自分の恋愛観について
1. 自分にとって「好き」とは何なのか
ここでは、他人を恋愛的に「好き」になる状態について書く。
昔は、恋愛感情というものにはもっと分かりやすい特徴があると思っていた。 会うだけでドキドキするとか、常にその人のことを考えているとか、外見を見て「かわいい」と感じるとか。 もちろん、そういう感情も「好き」の一部であると思う。
ただ、今の自分にとってはそれだけではない。
相手が何を考えているのかをもっと知りたい。 自分の考えていることも知ってほしい。 その人の嬉しいことやつらいことを、自分にとっても重要なこととして扱いたい。
そして、他の友人とは違う、一つ優先度を上げた特別な相手として大切にしたい。
今の自分にとっての「好き」は、そういう方向を向いた感情なのだと思う。
2. 自分にとって「付き合う」とは何なのか
「彼女がいる」という状態そのものに、それほど価値を感じているわけではない。 これは決してすかしているとかではない。
自分にとって付き合うというのは、友達だった二人が突然まったく別の関係になるというより、「これからお互いを特別な相手として扱っていこう」と確認することに近い。
今だけ楽しく話せればそれでいいのではなく、もう少し長い時間軸で関わっていきたい。 その意思をお互いに確認して、関係に一定の責任を持つ。
「付き合う」という状態は、自分にとってはそのくらいの重さであると思う。
3. 「特別な相手」であることについて
一度付き合うと決めた特別な相手については、他の人よりも明確に思考や行動を優先するだろう。 おそらく、結構一途なところがあると思っている。
その意味では、恋愛にはある程度の排他性を求めている。
だから、嫉妬することも普通にあると思う。
ただし、それは相手の人間関係を制限したいということではない。誰と会うか、誰と仲良くするかを管理したいわけでもない。
「自由にしてほしい」と「自分を特別に扱ってほしい」は自分の中では両立していて、相手の自由を尊重しながら、その中でもお互いが少し特別な位置にいる。 そのくらいが理想なのだと思う。
4. 自分を理解してもらうこと
自分は、かなり「理解されること」を重要視する人間なのだと思っている。
何でも肯定してほしいわけではなくて、むしろ違うと思えば普通に反論してほしいし、自分の考えがおかしいなら指摘してほしい。
それでも、自分が何を考えていて、何を大事にしていて、なぜそう考えるのかをある程度知った上で、「それでもこの人と関わっていたい」と思ってもらえる人がいることには大きな意味を感じる。
だから、結構ズバズバ言ってくれる人が好きだし、性格もサバサバしている人の方が自分に合っていると思う。
高校までは、その判断材料になる自分自身をほとんど相手に見せていなかった。
今になって思えば、それで「深く理解してくれる人がいない」と感じるのは当然である。 自分を理解してほしいなら、自分から理解してもらえるだけのものを差し出さなければならない。
だから今は、信頼できる相手には以前より意識的に自分を開示するようにしている。
5. 恋愛関係は孤独を埋めるためのものなのか
一人でいる時間は好きだし、心理的に楽である。
しかし、集団や社会とかかわる以上、人間関係の中で孤独を感じることは避けられない。 真の「孤独」という状態は、他者との比較によって生まれる相対的なものであるはずだからだ。
そういうときに、自分のことを深く知ったうえでなお味方でいてくれる人がほしい、という欲求は明確にある。
そういう意味では、恋愛に孤独を和らげる役割を求めている部分もある。
欲しいのは全肯定で常に隣に誰かがいる状態ではなく、離れている時間も含めて、「この人とは互いに大切な存在だ」と思える関係なのだと思う。
6. 連絡や会う頻度について
毎日何回連絡するとか、週に何回会うとか、そういう「ルール」を作りたいとはあまり思わない。
ただ、他愛のないことでも気軽に共有できる関係ではいたい。 面白いものを見つけたとか、今日は疲れたとか、こんなことがあったとか。
わざわざ「話すべき用事」がなくても連絡できることは、自分にとって結構重要なのだと思う。
会うことについても同じで、回数そのものより、「会いたいと思ったときに、それを自然に伝えられる関係」であることの方が大事だと思っている。
一方で、それぞれに自分の生活もあるわけだから常に一緒にいる必要はないし、一人で過ごす時間も大切にしたい。
7. 何をもって「大切にされている」と感じるのか
愛情というものは、本人の中に存在しているだけでは相手には見えない。
自分はどちらかというと、ちゃんと言葉にしてもらうことをかなり重要視する。
「好き」「一緒にいたい」「会いたかった」といった直接的な言葉は、やはり嬉しい。
同時に、自分のために時間を作ってくれることにもかなり大きな意味を感じる。 忙しい中で会おうとしてくれるとか、自分の話を聞く時間を取ってくれるとか。
「相手が自分の限られた時間の一部を、自分との関係のために使ってくれている」という事実は、自分にとってかなり分かりやすい愛情表現である。
たぶん、自分は「察してほしい」だけで成立する恋愛より、お互いに言葉や行動で確認できる恋愛の方が合っている。
8. 身体的・性的な親密さについて
恋愛に身体的な親密さが必要ないとは思っていない。 手をつなぐとか、抱きしめるとか、そういう接触も、自分にとっては相手との距離を感じられる大切な要素だと思う。
ただ、性的な関係については少し別で、基本的な信頼関係ができる前に急ぐものではないと考えている。
自分の場合、相手との関係を今後どうしていきたいのかがある程度見えてからでいい。
少なくとも、「付き合っているのだから当然」という理由だけで進めたいとは思わない。 お互いに納得して、その先も相手との関係を大事にしたいと思えていることの方が重要である。
9. 「関係を壊さない」から「関係を作る」へ
振り返ってみると、自分は長い間、人間関係についてかなり受け身だった。
今ある関係を壊したくない。
相手に嫌われたくない。
自分の感情で相手を困らせたくない。
だから、自分から何かを求めることを避けてきた。
しかし、何も求めず、何も伝えずにいれば、関係がそのまま保存されるわけではない。
だから今は、「壊さないこと」だけを目的にしたくないと思っている。
自分は相手をどう思っているのか。
何が嬉しくて、何が嫌なのか。
これからどういう関係でいたいのか。
そういうものをちゃんと言葉にした上で、相手の考えも聞く。
当然、そこで認識が合わないこともあるだろう。
それでも、自分の頭の中だけで相手との関係を想像して完結させるよりは、その方がいい。
今の自分は、恋愛を「完成した関係に入ること」ではなく、二人で関係そのものを作っていくことだと考えている。
おわりに
さて、ここまで長々と(なんと12000字も!)、過去の異性との関わりや価値観の変遷、そして現在の恋愛観について書いてきた。
ここまでわざわざ自分語りを読んでもらった方のために、新たなエピソードを提供しよう。
実は、もう会う機会もないと思っていた女友達と、思いがけない形でまた関わるようになった。
昔の縁が、こんな形で今も続いているのは不思議なものだ。
このことについての詳細は、近日中に別の記事で書けるかもしれない。




